暫定語意

虚構、創作あるいはフィクションに纏わる話

性格類語辞典[ポジティブ編][ネガティブ編] 創作のオトモに

 

幽遊白書」や「HUNTER×HUNTER」の作者で知られる漫画家の富樫義博氏が以前、このような言葉を残して話題を攫ったことがある。

 

漫画家のステップとして応募した人へ:話の勉強をしてください。苦労するのが嫌なら凄いキャラを作ってそいつが動くのに任せてください。漫画家になりたいのなら絵を描いている暇なんてないはずです。

 

 

 話の勉強というのは、創作の方法論、すなわちドラマツルギーのことだろう。話を作り込むのが不得意な作家志望に対し、富樫氏はキャラクターを作り込むことを要求している。この発言に疑問を抱いた人も多いかもしれない。漫画の優先順位としては、キャラクターより物語の展開や演出ではないか。ストーリーが良ければキャラクターなど二の次ではないか、そう考える人も中にはいるかもしれない。

 

HUNTER×HUNTER モノクロ版 35 (ジャンプコミックスDIGITAL)

HUNTER×HUNTER 35』より


 結論から述べると、富樫氏の指摘は正しい。連載型の漫画の場合、ストーリーよりキャラクターに比重を置くのが定石である。これは連載型の漫画が完結時期を予め規定していないことに起因している。

 週刊少年ジャンプなどの漫画雑誌では作家との契約の都合上、長期連載が前提となる場合が多い。また、読者アンケートや編集の都合により、連載型の漫画は先延ばしを言い渡されることも少なくない。つまり先が見えない以上、小説や映画などのオチに向けて一直線に物語を進めていく創作手法はミスマッチなのである。


 ならどうするのかというと、キャラクターを軸に話を構成していくしない。魅力的な登場人物を複数人用意し、彼らに物語を引っ張ってもらうしかないのである。理屈は簡単だが、何十年にも渡り読者を魅了し続けるキャラクターを作り上げることは至難の業である。ハッキリ言って容易ではない。

 

 世界は一冊の本であり人間一人ひとりは活字である。とあるドイツの詩人はそう遺した。また、ローマの哲学者アウグスティヌスは、世界とは一冊の本であり、旅に出ない者は同じ頁ばかり読んでいるのだ、とそう唱えた。その理屈でいくと、同じキャラクターに取り憑かれる読者は、巨編の一文を繰り返し読んでいることになる。しかし現実どうだろう。あまりそのようには思えない。ある漫画に登場するキャラクターについて世界中の人々が熱狂することもある。キャラクターの「奥深さ」なるものはたしかに実在するのかもしれない。読者を魅了する登場人物たちは、一文というより一冊の本に近いのかもしれない。

 

 本の紹介:性格類語辞典[ポジティブ編][ネガティブ編]

 

 キャラクターを一冊の本により近づけるために必要なものは何か。それはおそらく、人の性格の種類、すなわち属性を把握した上で、それらを適切に組み合わせ、然るべきシチュエーションに衝突させることである。


 今回紹介する「性格類語辞典」は、キャラクターを生み出すためのエッセンスが濃縮されている。本著は二部構成になっていて、前半はキャラクターの創作論について、後半は性格の属性を羅列したデータベースになっている。また付録として、キャラクター創作の質問集や属性データベースの外観を把握するためのリストが掲載されている。使用性にも配慮された一冊、資料本としての価値は高い。

 

 

性格類語辞典 ポジティブ編

性格類語辞典 ポジティブ編

 
性格類語辞典 ネガティブ編

性格類語辞典 ネガティブ編

 

 

 前半の創作論については、属性発生の要因や変化について述べるとともに、キャラクターを生み出すため何に注目すべきか大まかに触れている。こちらは一度通して読んでおいて、後ほど行き詰まったら参考にする、といった具合に使うといいだろう。

 内容に関して言えば本書では例えば、キャラクターが属性をもつようになる要因について、道徳観と欲求の二つを挙げている。道徳とは人の基準となる考え方で、生き方や欲望を形作るものである。一方で、欲求とは人間の行動原理そのものであり、誰しもに備わっている普遍的衝動である。欲求はときに道徳観を破壊してしまうことがあり、この欲求と道徳観のせめぎ合いこそドラマを作るきっかけになる。と、こんな風にどちらかというと精神分析的にキャラクターの創作論について切り込んでいる。

 

 

 本著が何より優れているのはやはり、後半のデータベース部分である。それぞれのキャラクターの性格について「要因」「行動や態度」「台詞」「感情類語」「長所短所」「対立属性」「試されるシチュエーション」「作品例」などの項目に分けてぎっしり詰め込まれている。どの項目も実用面に優れていて甲乙付けがたいが、特に有用なのは「台詞」「長所短所」「対立属性」と「試されるシチュエーション」である。


 「台詞」は登場人物の口調が思い浮かばないとき役に立つ。性格設定が上手くいっても、実際に物語の舞台に立たせて喋らせると何の面白みもなかったりする。そんなときは大抵、口調や台詞が登場人物の性格と噛み合っていない。「台詞」というのはキャラクターの性格を色濃く反映するもので、欠かすことのできない要素である。


 「長所短所」はキャラクターの「奥深さ」を演出するのに一役買っている。キャラクターの欠点というのは重要な要素だ。完全無欠のキャラクターというのは読者に共感されにくい。また、キャラクターは自らの欠点を乗り越えることで成長を遂げる。それがドラマになることも十分考えられる。性格の欠点なくしてキャラクターを描くことは不可能に近い。


 キャラクターの価値観を際立たせるには、価値観を揺るがす危機的状況を用意するか、あるいは相反する属性をもつキャラクターと競わせる方法が有効である。「対立属性」と「試されるシチュエーション」を把握しておけば、物語上の展開や他の登場人物の設定について筆が進みやすくなる。キャラクター創作だけではなくプロット設計にも役割をもてる。


 最後に一つ。この「性格類語辞典」はポジティブ編とネガティブ編に分かれている。作品を仕上げるには二冊とも購入する必要がある。実際手に取ればわかるが、これは薄い本を二冊に分けたというより、資料本として見やすさと情報量を確保するための処置だろう。それなりに値は張るが、役に立つシチュエーションは多い。特に、趣味で小説や漫画を書く人には是非ともオススメしたい二冊である。