暫定語意

虚構、創作あるいはフィクションに纏わる話

「アイアンマン」の血を継ぐ「スパイダーマン ホームカミング」

監督 ジョン・ワッツ

原作  スタン・リー
出演 トム・ホランドマイケル・キートンジョン・ファヴローロバート・ダウニー・Jrグウィネス・パルトロー

 

f:id:ScenarioGoma:20170817230018j:plain

 

 

 想像以上に「アイアンマン」の映画だった。単純にトニー・スタークやパワードスーツの登場回数が多かったというのもあるが、それ以上に、テクノロジーと人の関わりについて多く言及している。パワードスーツの開発を通じて科学技術と人の在り方を問い直してきた「アイアンマン」シリーズの伝統を引き継いでいるのだ。ゆえに本作はそれらの続編として鑑賞しても大いに楽しめるだろう。

 

家庭内に生じる情報格差

 

 本作の特徴はイマドキの親子の関係性に切り込んでいる点だ。両者の間に割り込む形で登場するのは科学技術。それもタイムマシンや空間転移装置といった大袈裟なものではなく、スマートフォンやコンピュータといった日常に浸透しているテクノロジーだ。中でも注目したいのは対象の位置情報特定するGPS機能。今作において、ピーター・パーカーのお目付役であるハッピー・ホーガンはGPSを利用してその行動を逐一監視している。「アイアンマン3」においては、タブレットのカメラ機能の使い方もイマイチ把握していない様子のハッピーだったが、今作「スパイダーマン ホームカミング」ではあれから学習したのか、ピーターがニューヨークの街から逃亡した際にすぐ連絡を取っていた。ハッピーもようやく機械馴れしたのだろう。


 しかし相手は現役の高校生。おまけに学力コンテスト・チームのエースとして活躍中で、ハッキングまで熟してしまう器用さを兼ね備えている。悪役を追跡を口実にピーターはスーツのGPS機能を易々と引き剥がしてしまう。さらに、「補助輪機能」と呼ばれるスーツの一部能力に制約をかける機能までも易々と解除してしまった。
 多少機械馴れしてきたレベルの保護者と、最新機器を涼しい顔で使いこなす若者、その対比はイマドキの親子関係をよく表現している。


 スマートフォンの普及がGPS機能の利用を加速させたのは紛れもない事実だ。各企業もサービスの一環として「子供が今どこにいるのか」という情報を保護者に向けて提供するようになった。一方で、子供たちも着実に科学知識や知恵を身に付けている。スマートフォンの操作方法はもちろん、GPSの仕組みと性能、もっといえば「どうすれば親が安心するのか」といった要素にまで考えを巡らすようになった。


 情報格差は家庭内にも発生している。子は親を出し抜くためあらゆる策を講じるのだ。作中でも、ピーターが実行した方法は見事にハッピーを欺いた。ピーターはGPSを壊すのではなく宿泊施設の照明装置にくっつけ、偽の位置情報を送信するよう工夫を施したのである。GPSでの監視は保護者に「子供が今現在どこにいるのかわかる」という安心感を提供する。しかし画面の越えた先にある出来事が本物なのかというところまでは判別できない。ピーターはテクノロジーの性質を理解した上で、その盲点を突いたのである。


 企業の宣伝文句に採用される「テクノロジーが人と人との距離を近づける」というフレーズ。現実はそう甘くはない。携帯電話やSNS、先程挙げたGPS機能も含めてその使い方次第では、今まで以上に相手との距離を生み出してしまう可能性も秘めているのだ。引っ越しの準備のためにハッピーは飛行機の追跡にGPS機能を利用したが、結果としてその選択がテロリストに付け入る隙を与えてしまった。テクノロジーに全幅の信頼を寄せたゆえに荷物輸送は失敗に終わった。モニター越しに伝わるのは「距離が近い」という感覚だけで事実そのものではない。その意味において、テクノロジーが我々に提供するのは虚構の安心感だ。


 テクノロジーが提供する安心感が本物なのか、利用者は見極めなければいけない。技術に振り回されるようでは本当の意味でそれを使いこなしたとはいえないからだ。最終局面において、ピーター・パーカーはトニー・スタークから与えられたスーツを脱ぎ捨て戦いに臨んだ。「スーツなしじゃダメならスーツを着る資格はない」というトニー・スタークの忠告は、ヒーローの精神的在り方を指摘すると同時に、科学信仰への警鐘としても解釈できる。

 

 隣人という在り方

 

 技術だけに頼らず自身の目で確認することも肝要だ。スパイダーマンが親愛なる隣人として活動を決めたのも、リズの家族が引き裂かれていくのを目の当たりにしたからだろう。エイドリアンは家族に自らの仕事内容を秘密にしたまま家計を支えていた。皮肉なことに、その原因を生み出したのもニューヨーク決戦の残骸であるハイテク兵器、すなわちテクノロジーだった。だからこそというべきなのか、今回、スパイダーマンの前に立ち塞がる最大の敵は「過保護な親」でもあると同時に「科学技術に狂わされた人」でもあった。

 

 エイドリアンと同じく元武器商人で、ピーターの保護監察役を買って出たトニー・スタークも「技術だけに頼らず自身の目で確認する」というテーマに大きく関わっている。
 一作目「アイアンマン」以降、内面の弱さばかり強調されてきたトニー・スタークだがヒーローに憧れる青年の前で大人としての立ち振る舞いを要求されたのか、本作では久々に自信家で責任感の強い側面が押し出されている。
 自分の行いに責任を取るのが大人だ、と行動に示すように今回ではピーターの尻拭いに徹している。窮地に駆けつけるその姿はまさにヒーロー以外の何者でもない。
 もちろん、それだけでは終わらない。彼の成長も本作の見どころの一つだ。


 「アイアンマン3」において、トニーがペッパー・ポッツの誕生日にパワードスーツの自動操縦モードで対応したのを覚えているだろうか。一向にスーツを脱ごうとしないトニーに違和感を覚えたペッパー。彼女が地下室に向かうとそこには筋肉トレに励むトニーの姿があった。無論、ペッパーは激怒。トニーも彼女を慰めるのに必死だった。「アイアンマン3」におけるこのシーンは、パワードスーツの性能向上を示すとともに、面と面を合わせるという行為の重要性を強調している。科学技術が人間関係を引き裂く光景は私たちの日常でもそう珍しいものではない。

 

 今作「スパイダーマン ホームカミング」でも似たような光景が展開される。物語序盤、エイドリアンとの戦闘に敗北したスパイダーマンを助けるためアイアンマンが登場。しかし残念なことに中身はパワードスーツの人工知能フライデーで、本人は不在。忙しいとはいえ説教が電話というのはどうにもやるせない。ピーターの気持ちを汲むとそれはなおさらだ。


 しかし二度目は違った。船の修復作業に駆けつけたアイアンマン。ピーターの尻拭いに黙々と対処するその姿はやはり大人である。事が済んだ後、ようやく二人は合流するが、このときトニーは実際に現場に訪れていた。通信越しではなく、生身の身体で応答するとに意味があると考えたのだろうか。いずれにしても心境の変化があったのは間違いない。「アイアンマン3」の頃と比べてトニー・スタークにも変化は訪れている。

 

 

 本作は、現代の家族の在り方を見め直す過程で、それらを語る上では欠かせないテクノロジーの課題についても踏み込んでいる。テクノロジーがどのように人を変えていくのか「アイアンマン」シリーズはヒーローの在り方とともにそれを語ってきた。そして、その伝統は今作「スパイダーマン ホームカミング」にも立派に受け継がれているといえるだろう。